動物は「命あるものである」動物愛護法


追記として書いておきます。

自然は生き物として、命あるものの繋がりを持った営みとしてとらえられている。

今日は、ペット、動物のことというよりも、動物をめぐる人間側のことです。必ず何か問題が起きるたび、うまくいかないと言われる言葉のなかで、「動物の位置づけ」が問われる事があります。


動物は(ペットは)法律上は
「動物はモノ扱い」だから
「動物は人の所有物」だから 
…… ありますよね?

殺処分に反対した投稿、動物愛護の法律を批判した投稿のコメント、虐待事件などのSNSの投稿とか。

お決まりのフレーズのように、そうした安直で短絡的な発言をされたり、そんな見方や考え方しかできない事こそに問題があるのではないのかと思えて、私は凄く嫌な気分と、ともにそのような雰囲気の動物愛護の拝見を心配に思います。

皆さんは、どう考えていますか。

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何かにつけて、
…だから、こうだ、
…だから、こうした問題が起きる、
…だから、なくならないのだ、
という嫌な空気の拡散。
そこに生まれるフレーズ。

ネガティブは、よりネガティブにドンドンと膨らみ展開することが多いように感じられます。いわゆる不平不満のようなものですね。

しかし、本当にそうでしょうか?

私は「言葉」などあまり気にしないし、知れば知るほどにそうなりました。なぜなら、言葉は言葉でしかなく、言葉の背景にこそ意味や価値があるものですからです。

法律上「モノ」とした言い方でなくなれば、そうした事はなくなるの?
言い方を変えれば、違うの?
法を改正すればなくなるの?

絶対、違うと思うんです。わたし。

言い方も言葉も受け取りかたでも変わります。正しい理解も持たず、言葉なんかのせいにしてるの事が、おかしいと感じています。

いつもいう事などですが、
ペットの問題は、ペットではなく飼い主の問題。社会全体の問題。人間の問題。動物を飼っているのなら、あくまでも飼い主次第、私たち次第ということだと思っています。

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動物愛護の法律は、現在のところから進歩を求めて「改正」してほしい所はあります。しかし

どう改正を求めるの?ここです。

より強く、より細部までを、より広範囲に、現代の私たちとペットをめぐる環境と問題に対して新たに付け加えたり、ラインを引いてほしい点などです。

それをより具体的にどう求めるか、提案していくかができなければ、これから迎える「改正」にさえも満足できるものなど絶対に出来ませんよ。

ダメだ!改正!改正!とばかり声をあげてられるなら、徹底してここに取り組んでみてはいかがでしょう。

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しかし、今の私は先のことを大切に感じ考えながらも言葉上での事など私は気にしません。気にしていても仕方ないからです。

少なくとも今の段階でそんな事など問題ではありません。

飼い主である立場の私たちが一番わかっているはずです。

これは、持論となってしまうけれど
不満を文句を言ってるひとは
変えていけない
不満さえ糧にできるひとは
そこから学ぶことができる
学ぶことができれば
拓く糸口を見つけることができる
開拓が行えるひととは
そうした人だと思います。

だから、何かのせいにして執拗に執着して連呼していたり、愛護法になんちゃらとか、警察がなんちゃらいってる人達には、法律以前に、警察以前に「何もできない」ってことなんです。

今あるものを理解し、工夫して組み合わせて利用しなきゃ。それが出来るのが人間の素晴らしいところです。

文句なんか
嘆きなんか
何の意味もない
だったら、法律を書かれている言葉上だけで理解してることをやめて、少しでも法律を深く知り、それを理解できる自分となるように勉強すれば、法律の扱い方ができる人になれれば、凄く意味がある、役に立つのだと思います。

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動物は「モノ」ではありません。
「命あるものである」と記されています。

法律は、靴や家具のように動物を「モノ」と同一の扱いをしているわけではありません。

動物は法律上『モノ』である」という言い方はやめて下さい。

動物には命や感受性があり、動物としての特別な動物愛護法が存在するわけです。

モノだ!モノだ!の連呼する人こそが、モノ扱いを生んでいることに気づいてください。

法律は大きな捉え方ですが、一概に当てはめて尊い命に対して言えないとした重んじた考慮、このような理解ができている人たちが増え、心からの認識のうえで使われていく世の中になってほしいと、心から願っています。

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日本は先進国と言っても遅れてる、海外はこうだ!海外はこんな組織や取り組みがある!などと言っている人達もいますが、今の段階でそんな事を言って比較ばかりしていても良くなりませんし、海外に習い取り組みが始められるまでの土俵をつくれるようにしてくことのが大事ではないでしょうか。

ネガティブな発言を広げるのはやめてほしいんです。

確かに遅れをとっている部分は凄く有ると思っています。医療、救済、福祉、保護など

ペットと言われる動物だけでなく、自然や野生動物などを含めて、国をあげて生き物、動物に対しての考えを新たにする「動物の保護」が行えるようになるといいと思います。必要だとも思います。

ただ、なんでも直ぐにそこに到達できるものではないし、それをすれば、1から100に飛んだように、そこまでの間がスッカラカン、そんなことをすれば今まで以上の問題が膨れ上がり、決して良いものではありません。

先ほどの繰り返しですが、言葉で明記されることで、ただちに動物をとりまく状況が良くなるわけでもないと思います。それを理解し使う私たちこそが問題なのだからです。

いつの時代でも、動物の存在の正しい理解、動物が適切に扱われるように、そこに関係する人達が努力を重ねること、動物や人に、共に優しい社会をつくることが大切であると、強く思います。 


『動物は、命あるもの。心あるもの。
種を超えた家族であり、友である。』

そんなふうに法で定められたらと素晴らしいなぁと思います。私たち動物と暮らす飼い主のすべての方々の心からの声が反映される未来が創造していけることを願っています。

そこには、改正!改正!と、上部の言葉に頼らず、願ってばかりではなく、今ある動物愛護法の義務や責任さえも守れていない人達がいる現実を知り、理解し、それらの問題をゼロになる事も目標としなければならないと思って、日頃からの啓発の活動の大切さを感じていますが、

どんなに良い法になろうと、それを理解する側の私たちが、使う側の私たちが今のままでは「ダメ」だと思います。

すべての人が「命」を理解し、「命の重みを感じること」「命の儚さを知ること」「命の等しい尊さを学ぶこと」そのうえで「動物は命あるもの」であること、これを認識し、その命ある動物を愛し、敬意を払い、動物を以下でも以上でもなく良く理解し、その動物の習性をよく知ったうえで、適正に飼養するように飼い主である義務と責任を必ず守り、間違っても身勝手な育成や遺棄、虐待することなどが無いようにし、人間と動物が共に優しく幸せな一生を暮らし生きていける社会を目指していくことを定められています。

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動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない。


動物が好き!という人、プロフィールに書かれてる人のなかに、こんな人が多いなぁと思ってる事があるんですけど、

動物が好きであるのは、私はとも違いはないだろうし、どっちがどっちでもないと思うんだけど、実は右手と左足というくらいの「違い」もあるというか……

見方や存在の感じ方
感覚や考えかたや経験
知識や認識
動物と人間の関わり方について
などが、なにか違うんです。

ここのところが違うと、かなり違う。それが愛護と愛誤という違いに言われることもありますが、これを言い出しちゃうと「動物が好き」って、なんなのかな?と、思うことがあります。

だって、苦手や嫌いなら「違う」のは当然。嫌いなりの理由もあるわけだから、分かり合えない事があっても仕方ないのですが、好きなのは同じなのに不可解で…。

こんな感じがすることって、皆さんはありませんか?

例えば、動物が好き!虐待反対!殺処分反対!!なかには、殺処分をする行政を批判までされる人までいます。

でも、よく見てみると、ノーリードだったり、散歩の時のトイレの始末をしてなかったり、愛猫は放し飼いだったり、飼い主であるなら義務であるはずの鑑札や狂犬病注射済札をしてなかったり、さらには、飼い犬に狂犬病ワクチンを受けさせてなかったり……と。

なんとも言えない「感覚」です。

なかでも、狂犬病の予防接種は法律で定められた飼い主の義務です。

ご存知ですか?
この義務を怠ると「狂犬病予防法違反」となり、200万円以下の罰金に処せられます。

犬を登録されると、犬鑑札を交付されます。鑑札はその犬につけておくことが、義務づけられています。

これを守らないのは、当然「違反」であるけれど、それ以前に義務にされてる「意味」を理解してないんだと思うんです。

鑑札は、犬にとっての戸籍であり住民票なんです。好きだと言いながら、可愛いと言いながら、「守る」それをしないというのは、どういうことなのですか?

これ以外にも、皆さんがお住まいの各都道府県にも、飼い主が守るべき条例が定められています。ので、必ず確認をして、守るべき責任のもと、そして地域の皆様の迷惑とならないようにルールを守り「条例違反」をおかさないようにしましょう。


ペットを買った以上、ペットを飼う以上、ペットを飼っていない人達以上に法律や条例で定められているルールを守るのは当然の義務であり、責任なのですが、配慮といった飼育の環境、鳴き声や抜け毛や臭いなどで他人に迷惑をかけないよう、マナーの向上にも努めていくことは、不要な問題やトラブルの回避、なにより人間と犬の心地よい共生社会づくりには欠かせないことです。

可愛いだけじゃなく、あちこちに責任を持つことがあることを知って、一人一人それを行える人達になれたら……

飼い主の責任
◻️犬の登録
日本では、犬を取得した日(生後90日以内の犬を取得した場合は、生後90日を経過した日)から30日以内に、お住まいの市町村に犬の登録申請をし、鑑札の交付を受けなければならないと法律で定められています。

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◻️狂犬病予防接種
また、狂犬病の予防接種についても、生後91日以上の犬を所有する飼い主は狂犬病の予防注射を受け、注射済票の交付を受けなければならないと定められています。

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◻️犬鑑札の装着
登録をすると、犬鑑札が交付されます。さらに、毎年予防接種をすると、注射票がもらえるので、それを飼い犬に装着するという義務もあります。

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◻️ 登録鑑札や注射済票の紛失
環境保全課で再発行します。
登録鑑札の再交付手数料 1600円
注射済票再交付手数料 340円


ペット、動物と暮らす私たち人間の社会全体の問題だと考え、理解を深めていく事が、誰にもとっても誰においても願うべき幸せを築きあえることだと思います。
Lovely days  CHIKA'S MIND TRIP

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