考えよう!高齢者とペット(私の経験と思い)


最近、まわりの高齢者の方が小型犬を飼ったり、老犬をはじめて飼うことになった人たちが増えてきました。

犬も猫も歳をとるのは当たり前ですが、私たちとは違う時間のなかで生きる動物のことを理解せずに飼う方もいて、様子が変わったとか、途端に扱いが分からないようで連絡をいただきます。

動物の老化のこと、病気のこと、病気の不安、介護の相談、飼い主不在となってしまう犬たちのことなど……
さまざまです。

私もまだ高齢者ではないので、未経験となる高齢者による老犬の介護のことや、増えている飼い主不在の取り残される犬たちの事はとても気がかりであり、考えていたことでもあったので、これを機によく考えてみました。

昨年 取り残される犬たちの里親募集も何度か書かせていただきました。

長年ともにくらした家族であるペットを「ペットと一緒に暮らしたい」とした高齢者の願いひとつ叶うことは難しい社会の現状。

近隣の方や身内、まわりへ相談できる人たちは里親募集をされたりもしますが、高齢者の孤立化から持ち込まれる現状も増え続けているわけです。

ここ数年、動物愛護の関係では高齢者へのペットの譲渡には、一部 保証人となる後継者付きなどの条件があったり、不可であったりもします。
ならば、ペットを購入する高齢者にも保証人が必要だ、としたブログなども見かけたこともあります。

取り残され持ち込まれる動物たちのことを思えば当然である厳しさでもありますが、高齢者が悪いわけではないのです。

高齢者は多くのことができなくなり、失っていき、あきらめていきます。
高齢者はペットと飼えないのか。
なんだか切ない気持ちになりました。

こうしたことも含めて、私の行なっている高齢者とペットの活動のなかで気になったことを調べていたとき、目にした1つの記事を下に貼ります。一部抜粋してご紹介いたします!


猫よりお勧め!「犬」がもたらす凄い健康効果2017年06月14日)

最近、テレビや雑誌などでペットの健康効果が特集されるようになった。

犬や猫などペットと触れ合うことが、心身の健康にいい影響を与えるという、30年以上にわたりペット業界で活躍してきた橋長誠司氏によると、現在人気の猫ちゃんよりも、ワンちゃんが高齢者の健康増進に役立つという。

このたび、『一流犬をつくる最強の食事法』を上梓した橋長氏に、ワンちゃんが高齢者に与える健康効果について語っていただいた。(一部抜粋)


読んでいただけたでしょうか。
たしかにテレビやニュース記事などではペットがもたらす健康効果が特集されたり、犬や猫と触れ合うスキンシップが心身の健康にいい影響を与えるということなどが見られ、高齢者のご家族のかたにも何度か会話のなかで聞いたりしたこともあります。

記事のなかにも今後は、こうした高齢者の健康面からも、犬を飼うことが見直されるのではと思います。とあります。

上記事は猫よりも犬は、健康増進に役立つという。
  • 健康効果が出れば、病院へ行く回数が減り、医療費の削減も期待できます。
  • 認知症の予防・改善も期待できる。

しかし、違和感を感じる点も。
それは、実際には飼いたいと思う高齢者にはペットの譲渡が不可であったり、取り残されるペットの問題について課題があることです。

さらには、一時期よりも売れなくなってきたペットの新たなターゲット層に高齢者を設定されたような勘繰りさえあるのですが……

高齢者とペットについての事を検索したとき、人間側の都合の良いタイトルの記事が多く目に留まりますが、この記事は少しばかり違うものでした。

抜粋した部分だけでを読めば、全体を理解しにくい部分もあります。
ぜひ正しくご理解いただくために、上のリンクよりニュース記事をお読みください。

私も言葉尻だけをとるような事は嫌いですが、「高齢者に役立つ?」みたいな記事や言葉のセレクトは大反対です。

が、書いてある内容に関しては、私も兼ねてから理解をしてるところでもありました。

この記事の言わんとしてることの1つ、わたし自身の経験であり、家族である祖父母に対しても実際に感じたことがあるのです。実体験を踏まえてお話をさせていただきます。


時に家族よりも、ペットの存在が程よく、優しいこともあるのです。

言葉こそ話さない犬ですが、家族のことをよく観察し理解し、家族であることを理解して役割を果たし、私たち家族を宝物のように大切に思う気持ちは、私たちとかわりないのです。私たち以上であるかもしれない。

当時、他市で暮らしていた私ですが、祖父母も年を重ね、父方も母方も祖父が先に他界した時のことです。祖母たちの様子に異常な変化が見られるようになったそうです。

思いの外、落ち込み、拒絶するような塞ぎかた、食欲不振や体調不良から入退院したり、痴呆の傾向が見られたりしたと心配した両親に相談をうけました。


◼️ アニマルセラピー

父は仕事、母もまた仕事のため、出来ることはと協力をしようと、わざわざ買い物を実家の付近でしようと考え、わたしが飼っていた愛犬を連れて実家へ行く回数を増やし、毎日通えるようにしていました。

我が家は私が幼少期よりインコや金魚や何匹も犬がいる多種多頭飼育の家庭であったし、動物が好きで育てることが好きで、一日かけて誰より世話をするのは祖父の大きな楽しみと役割であったけれど、祖父が他界後は父や母が主に世話をしていて、祖母も散歩以外は行なっていたようですが、やはり屋外の犬専用の小屋まで行くことや大型犬が多く(大人しく礼儀正しくても)なにもかもが億劫になっていたのだと思います。

当時の私が飼っていた犬は、小さなカニヘンダックスです。祖母は可愛いと一目で気に入ってくれてこともあったので、私には遠慮してしまうこと、両親には迷惑をかけないようにと遠慮してしまうことがあれど、老人ホームの慰問でのことを思い出し、「動物」ならばと考えてみたことがキッカケでした。

最初は、買い物に行く間だけ祖母に「遊んであげてくれる?」とお願いして渡していくようにしたり、帰りに寄るからと、仕事の間にも次第に預けていくようにしたりしました。

こんなことがありました。
こんなことを感じました。

役割ではないけど、自分を必要とされること、頼られること、些細な役目や役割を与えられるということがこんなに必要なのかと思うほどに、明るく元気になり、言葉数が増えて痴呆の進行はありませんでした。

良い子だったよ!ご飯も食べたよ!愛犬を撫でながら報告をしながら徐々にいろいろと話してくれるようになりました。

「お祖父さんに会いたい」この気持ちは日増しに大きくなり、叶わないことを悲しみ、同じ家族であっても理解できていない寂しい気持ちを抱えていることを知ることもできました。


◼️ 孤独にしないこと

どうにもならない寂しさに暮れて、一日中ひとり家に篭って悲しみに囚われていてはいけない。時間だけでは解決はしないということです。

これはペットロスを少なからず経験した皆さんにも理解できる氣持ちだと思いますが、その存在はひとつでしかない、悲しみや寂しさを良い思い出とともにして感謝を忘れず大切に生きていくものです。

ですが、高齢者は若い人たちとは心身の強さが違うのですよね。頑張れなくなってしまうのです。

埋めることも代替えもできなくても新しい楽しみや喜びや刺激が必要だと思いました。

喜ばせたくて好きな食べ物を買ったり、好きなものを食べに連れ出したり、近隣の祖父母と繋がりのあった方の家に出向いて相談をして遊びにきていただいたり、思い出の場所にドライブに連れ出したり、思いつく限りのこともできました。

御礼の言葉も喜んでもくれました。
食べたいものを言ってくれたり、楽しみなことを言ってくれたりしました。
が、お爺ちゃんの所に行きたい。
そんな言葉が出たとき、こればかりはどうにもしてあげれない……と気づいた瞬間でもありました。

知り得ることのできない祖父と祖母との深い愛情と深い繋がりなど、なにをしても私が無力なことに涙が溢れました。

しかし、今だから思うことがあります。

コミュニケーションの大事さ
スキンシップの大事さ

何が出来るとかでなく、思うことが大切な愛情なんです。
相手を思うことが大事なのです。
もっと関心をもつこと。
高齢となることを知ること。
声をかけること。
挨拶をすること。
会話を増やすこと。

家族だから出来ること、人と人だから出来ること、そうした愛情を示す時間を増やすことではないでしょうか。


◼️ ペットは家族という存在

家族であるペットの犬を家の真ん中に置いたことで、こんな会話を祖母に聞いたり話したりできたことは、私や私たち家族にとって大きなことでした。

祖母が亡くなったとき。母が私と愛犬に御礼を伝えてくれました。お婆ちゃんからの氣持ちも母が聞かせてくれました。

とても感謝していたよって。
謝ってもいたよって。
祖母は、私の思いや氣持ち、してることに感謝してくれていたんです。

なにひとつして祖母の求めることをしてあげることが出来なかったのに、引き止めてばかりで辛かったはずなのに、とてもとても嬉しかったです。

家族として産まれて、祖母とこんな素晴らしい関わりと別れが出来たのは「愛犬のおかげ」です。
犬という動物の存在、犬という家族に対して、私たち家族は今も感謝をしています。

だからこそ、健康に良いとか、寿命がのびるとか、そんなことではなく、ペットと高齢者は、理屈抜きに考えて「素晴らしいパートナー」であることだと思っています。

もちろん、犬と高齢者が求め合える良い関係と豊かな暮らしを築けるためには、私たち周りの思いやりと協力が不可欠なことでもあります。

精神的、肉体的にも、孤独や孤立は高齢者に限らず辛いものです。

そして、これは人間だけでなく、犬たち動物も同じことです。

双方を思いやることができる社会こそが、人と動物が暮らす豊かな社会となることだと改めて思いました。

社会という群れ、家族という群れ、地域や近隣、多種多様な群れに存在します。関わりや繋がりは、生きる上で大事なものだということも学びました。

そしてまた、ペットである犬たちを「家族の一員」として理解し、それだけはなく、犬という素晴らしい動物の生態を知り理解し、尊重することの大事さを忘れて人間本位に関わっては欲しくないです。

日本の法律では、ペットは飼い主(人間)の所有物や物として言われたり、物というところだけを強く認識されたりもしますが、こうした記事を通して、ペットや動物たちに対する、その小さくも大きな命の「在り方」「存在」にも改めて理解を深めてほしいと思いました。


◼️ 高齢化社会・ペット社会

そして、私の経験からもペットという家族がいることで生まれる家族のかたち、高齢者と犬も素晴らしいパートナーとなるものだとも思っています。

が、ここで大事な事があります。
先ほども少し触れましたが、取り巻く環境です。

祖母は一人暮らしではありませんし、愛犬は私が飼っていた犬を実家に帰る際に連れて出て、祖母には無理のない範囲でお世話をお願いしていたことです。

祖母がひとりで飼っていたわけではないのです。実質のお世話は飼い主である私がしていたのです。ここを間違えないで考えて下さいね。

今、高齢者社会とペット社会が日本の象徴ともなり、ふたつが重なることで増えてきている問題のひとつに以下のことがあります。
  • 高齢者とペット
  • 高齢者と高齢犬
歳をとるのも人も犬も同じ。
高齢化が進んでいるのは人の高齢による問題だけではありません。

人も動物も共に暮らすことで、互いに支えとなり健康で長生きできることは、とても嬉しく、望ましいことですよね!

その一方、それらを取り巻く社会、環境への主だったサポートなどが追いつかず、さまざまな犠牲、問題にぶつかっているとも思います。

現在の私の行う地域での活動もまた、こうした問題と自身の経験とを結ぶものからでした。活動というよりも「お手伝い」が相応しい言葉かもしれません。忘れがたい経験をいただいた祖母と愛犬へ感謝を伝え続けるためなのかもしれません。


◼️ ペットをブームにした末路

ペットの問題は様々にありますが、大きなものとして「ペットブーム」の影響によるものが多いのは明らかだと思っています。

例え話をするときに、「時代がついてきてない」なんて言葉がありますが、まさにこのような感じだと思います。ペットを扱う(飼う)人間と環境があまりに未熟だった気がしています。

ブームとなった時から歯止めは効かず、華やかで豊かさの象徴にも見えたペットブームの後は、次から次へ、問題から問題へとあまりの波紋の広がりの大きさに解決も対策も間に合うどころか、正直なところ、全てを把握するだけでも大変な現状だと感じてきました。

動物が増えるに伴い、買う人も飼い主も増えます。

ペットである動物の問題ではなく、人間が問われる問題、飼い主の善し悪しが問われていると思います。
  • 無責任な繁殖、無責任な販売
  • 正しい動物の知識を持たない無責任な飼い主を生む飼い主の問題=ペットの問題
  • 飼育放棄、虐待や遺棄による犯罪
  • ペットの迷子問題と野良犬
  • 殺処分の問題
  • 猫の飼育問題、野良猫の増加
  • 不適切な飼育による動物の事件(放し飼い、咬傷事件など)
  • ボランティアと譲渡トラブル
  • 多頭飼いの崩壊
もはや、これらは日常的に同時に多発し起きていることだということです。


捨てることと見捨てること

捨てられる犬や猫、迷子にしてしまう犬や猫も同じだと思います。むしろ「境目」が難しいことだと思います。

所有者の明示の義務

なぜなら、迷子にした責任と認識の無さからか、善意から無事に保護されて保健所などに収容されても、所有者の義務を守らずに飼い主不明の動物となる問題があります。さらには、お迎えにいかない飼い主が多くいるからです。

捜索行動として必要な届け出や問い合わせなどを怠り、最悪の場合、迷子にしてしまったことから「殺処分」をされてしまうペットたちが多くいます。
  • 誰かに拾われて幸せでいてね。
  • そのうちに帰ってくるだろう。
なんて思ってる人がいるのなら大きな間違いです。厳しい言い方かもしれませんが、捨ててる(見捨てる)ことを自覚して欲しいと思っています。

こうして、無責任な人間、飼い主となることへの知識のない人間に飼われたために動物たちに「幸せ」なんてあるはずがありません。

幸せは、そう簡単に訪れるものではない。だからこそ、飼い主となる人間が幸せと健康の為にも不妊去勢を施したり、まわりに迷惑をかけないように、動物に不幸を与えてしまうことのないように、無闇に繁殖などしてはいけないのです。

飼い主の明示のない場合には、狂犬病予防法から罰金制度がありますが、保健所への持ち込み、迎えにいかない飼い主の飼育放棄は「動物の遺棄」に等しく、ここに加えて動物愛護法の違反としてほしいのが本音です。

しかし、これだけ問題が増え過ぎれば取り締まりの強化と徹底、法の周知と整備、修正や改正を求めたくても、必要とすることや願うことを"まとめる"のさえも大変な状況にあることだとも理解するようになりました。

それだけ、ペットブームが蒔いた影響は酷いものだった、安易で杜撰だったのだと思うんです。

ここまできてしまって思うのは遅いのかもしれないけれど、すこしでも犠牲を減らし、すこしでも早く食い止めて、問題の解決策を適応し、ひとつひとつ取り組むには、人間中心としたメリットを見るのではなく「デメリット」にこそ着目し、向き合うことだと思ったりしています。


◼️ ペットブームの蒔いたもの

そのひとつには、劣悪な環境と無闇な繁殖により、ある日とつぜん発症する病、動物を苦しめて、飼い主を悲しませる「ペットの遺伝子病」です。テレビ番組で放送されたこともあり、多くの人たちが不安になったことかもしれません。

今回、ここには特には触れませんが、ペットを飼ってない皆様にも各自で検索して知ってほしいことでもあります。

ブームで金儲けをする社会や人間のせいで、動物たちを苦しめている大きな問題の一方、
  • ペットの正しい知識のある専門家
  • 海外のペットの現状や暮らしの情報
  • ペットのケアと医療の向上
  • ペットの権利を守る
既に様々な取り組みが行われている海外に比べれば、まだまだな部分は多くありますが、ペットブームの悲惨な背景に必要に迫られ、動物医療が発達したことや、献血の取り組み、その犬にあった飼育環境や飼育方法、食の面でも安全性が重視されるようにもなったと思います。

昔に比べれば、犬も猫も室内飼いが一般的となり、大型犬でも犬種により室内飼いが適正飼養とされるなどの配慮もなされています。衣食住は、人も犬や猫たち動物にも生きる上で欠かせない大切なものです。

ペットの健康、フードの安全性などにも飼い主の家族としての意識がかわることで、元気に長生きできる高齢化につながってきています。

もちろん、悪いことだけではなく良いこともあるのです。

が、良いことと言い難い問題も多いことから、法とあわせて広く知られることにより、個々の意識へと広がり、ペットを取り巻く問題が縮小し、いずれなくなり、ペットを大事にする責任と義務に目覚める人が全ての飼い主になることを願っています。

言い難い問題とは・・・
せっかく犬たちも健康的に年をとることができて、長生きが可能となる時代がきても、最初にすこしお話をしましたが、老犬についての知識のない方々がいます。

老犬を成犬の時のまま同じ環境で外飼いをしていたり、老化のサインや症状にさえ気づけない人たちもいます。

年を重ね、成長を通し、必ず訪れる老化、高齢化は、飼われる側の犬たちにも影響を与えています。
  • 老犬の飼育放棄と遺棄
  • 飼い主の病気や入院による飼育放棄
  • 飼い主の死亡によるペットが取り残さる孤児化
このような問題が増えているのです。ご存知でしょうか。

特に、下のふたつの項目は飼い主となる人が高齢者でもあることから特殊な例ともなるのでしょうが、飼育放棄したくてするわけでもなく、置き去りにしたくてすることでもなく、切なくなりますね。

上の記事のように、ペットと暮らせる老人ホームや、犬のセラピーを用いる施設などのように、高齢者の方々の心身の健康のために犬たちを適切に管理し飼育し、高齢者と高齢犬、高齢者とペットの互いのメリットに尽くしてくださる環境とサポートしてくださる方々がいれば問題はないとも思います。が、これもまだ一部のこと。

動物好きな高齢者が、あきらめることなく、ペットを手放さなくてもいい、本当の福祉の仕組み、高齢者の暮らしや問題に寄り添う施設や自治体によるサポートシステムが身近になる社会になればと心から願っています。


一般的に、高齢者のかたが一人暮らしなどをしてる場合は、最悪なアクシデントや問題も発生します。

自分が亡くなれば関係ない。
なんて、そんな無責任な最期を迎えたいはずがないでしょう。

しかし、こうしたことが起きることも現実として考えておかなければならないのです。

日本は今、飼ってもらえない犬もいれば、飼いたいのに飼えない高齢者もいます。どうしたら必要としあっている犬と人が幸せになれるのだろうか。


◼️ 飼いたいけれど飼えない

一人暮らしや老人だけの生活の中で、ペットとなる犬や猫などの動物を飼うことは、励みや安らぎや癒し、生きる活力にもなるだろうことは、経験からも良い想像ができます。

犬や猫もまた人がいなければ生きていけません。良いことだと分かります。

しかし、動物が好きであればこそ、良いときばかりでないことまでを考えることも判断も大事な愛情だと思うんです。

高齢者の場合、例えば施設などとは違い、個人で犬を飼う場合、自分以外の世話をすることだけでも大変です。
  • 小型犬なら長く広く散歩はしなくても良いだろう。
  • 小型犬なら世話も楽だろう。
  • 室内での飼育なら出来そうだ。
そうした自分本意で安易な考えでの飼育は高齢者じゃなくとも危険なことです。現在、小型犬の迷子や収容、飼育放棄や動物の遺棄が増えています。
  • 最期まで面倒を見ることができないかもしれないこと。
  • 具合が悪くなっとき、犬のお世話をどうしよう。
  • 犬が病気になっても体が不自由で病院に連れていけないかもしれない。
  • 十分な世話をしてやれないかもしれない。
このような問題への不安はあって当然なことですよね。高齢の自分には自信がない、無理だと考えるのも当然かもしれませんし、愛情や優しさゆえに諦めてしまうこともあると思います。

どんな動物にも言えることですが、人にはない力が犬にはあり、高齢者に限らず、人に優しく寄り添う温もり、人の心に寄り添う優しさで、私たちの毎日を豊かにも癒してもくれます。

しかし、犬も私たちと同じ動物であり、命であり、私たちよりも早く歳もとり、弱くなり病気にもなります。

飼い主となる以上は、
高齢者だからといって世話を怠って良いことなどなく、高齢者だからといって特例なこともありません。

飼い主である以上は、
ペットのために動物愛護法を守り、地域の条例を守り、その動物の特性を学び、良い飼い主にもならなければならないのです。

適度な運動やグルーミング、年間に定められた狂犬病予防注射、ワクチンの接種、フィラリアやノミダニの予防など、通常でもこれだけの医療行為も必要です。

これだけ書いてみると、高齢者の方が犬と暮らすことは、とても良いこととともに、経済的な面でも軽視してはならないことだと思います。


一人暮らしで寂しいだろうから、
ペットを与えよう!
健康のために犬をプレゼントよう!
これは愛情でしょうか?

親の幸せと健康を願うあまり、このような安易に命を買い与えるような心無い判断をされることがないように追記させていただきます。
飼うならば、必ず家族で話し合って、万が一の時のことも考えて話し合ってください。

高齢者の飼い主さんが亡くなったあとに取り残された犬たちのことを今までもブログに書いてきましたが、まわりに心配や迷惑をかけたり、ボランティアの方々に相談して、お願いして、引き受けて貰えばなどということを考えないでほしいんです。

残される犬のほとんども老犬が多く、里親募集うんぬんのまえに思うのは、老犬たちが慣れない新しい環境に置かれることを考えるだけでも悲しくなるものです。

何より高齢者が大切にしていた家族であるペットが行き場を失う事がないように、万が一の時には家族で引き受ける覚悟を決めてからにしてほしいです。
Lovely days   CHIKA'S MIND TRIP


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チカぷの一日一楽

BLOG story,1 - 共生を考える はじめます。犬と生きる素晴らしい暮らしのために、私たち飼い主とは何か、求められているものを思い、考え、伝えて、皆さんと考えあっていきたい。 動物愛護の最後の砦は「飼い主」であるべきです。 Spell my thoughts Lovely days CHIKA'S MIND TRIP

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