例えば、桃太郎のように
ブログを読んでくださった皆様ありがとうございました。一部の方々からも意見や感想を聞かせていただけて嬉しいです。こうして多くの方々に知られ、多くの方々と共に考えることは大切ですよね。
でも言うんです。
寄付しなくなったら犬たちが心配とか、ピースワンコの活動が制限されたら殺処分されることになったらと。
ピースワンコの支援を続ける人はぜひ「広島県が殺処分を再開したとしても支援します」と彼らに言ってほしいよ。たくさん譲渡しているだけで嬉しいですってさ、言ってあげてほしい。
— ぴかりぃ🐭 (@GoodbyeLab) September 13, 2018
今回のことで、支援者の皆さんのなかでは、寄付を続けることができなくなるのも一つの答えではあるし、保護されてる犬たちのために、こう使ってほしいと意見を伝え話したりして、寄付は続けられれば良いと思うんです。
引き出しがとまり、殺処分が行われることになっても、ピースワンコの保護犬の育成と譲渡活動のための応援を続けると言われるなら素晴らしいと思う。
ただ、記事を読まないのも勝手だけど、記事も読まず知ることもしないで週刊新潮を批判したりするのは良くない。信じてますと信じるのも勝手だけど、負けないでなんて、誰に言えますか?今日また死んでるかもしれない犬のことを考えても言えますか?
ここまでくると異常ですよ、何を応援してるのですか?
残酷犬舎を見たことが無い人こそ、殺処分0を主張出来る。
この言葉を目にしたとき、ストレートに感じるものがありました。
例えば、皆さんが不適切な譲渡で里親となった経験がないと分からないことがあるのと同じことが言えます。
- 命が救われた!
- 殺処分にならなかった!
- ありがとうございます!
皆さんは喜び、そして幸せな気分と善人の顔で終わる。しかし実際のところはまるで違う。
せっかく捕獲保護されても、何も知らない何処かも分からない不安に怯えてる犬たち、環境にも馴染めず、大切な人を知ることも教わらず、必要なケアも何も受けていない野犬が、殺処分を反対する人たちの善意で里親となる方が見つかり、右から左に安易に空輸されたらどうなるか。経験のない人たちには分からないでしょう。
可哀想だと言うなら、せめて犬たちの立場になって想像もしないのでしょうか。助けてるつもりでも可哀想な犬たちに与えている不安や恐怖やストレスは気にもかけないのでしょうか。
世界的獣医師ジエフリーヤング氏の「残酷犬舎を見たことが無い人こそ殺処分0を主張出来る」との言葉は全くその通りと思います。
ピースワンコが助けた犬達がこのように残酷な死に方をしている現実を皆様どう感じられましたか?
そんな理不尽から救いだし幸せを願ってきたはずなのに、単に殺処分にしないだけのゼロが犬たちたにとっての幸せだと思っているならとんでもない。引き出し保護された動物たちにとって迎えるべき「幸せ」は何ですか。
皆さんが全ての命を救いたいと保護されたはずの犬たちが、殺しあうことになっている事実に気づいてもまだワカラナイのなら、愚かすぎます。
センターからピースワンコへの引き渡しが止まれば、当然センターの収容数の限界から殺処分が再開されるかもしれません。冷静に考えて今のままの広島県、行政の姿勢ならそうなるでしょう。
しかし重要なのは、取り繕うことではなく、県としては大きな受け皿となるピースワンコの引き出しがなくなれば《殺処分ゼロが達成できない》、これを危惧するのではなく、殺処分ゼロの取り組みの認識を新たにすべきだと思う。
目標に掲げる殺処分ゼロ自体が、このままでは受け皿があることで無責任な飼い主を増やす助長となり、地域にとって悪影響が重なるように思っているからです。現に収容数は増えて引き取り数は予想を上回る結果となっているからです。
殺処分ゼロを目標にするのが悪いと言っているわけではなく、その在り方に対しての不安視や疑問なんです。
行政立場での努力、団体の地道な活動努力、市民の周知と意識の向上、こうした協力しあえる努力の連携が取れないことには目標達成できないどころか、減らすことさえ無理だと思うんです。
原因となる問題の解決にむけて、命の重さ尊さを伝え、殺処分を少しでも少しずつでも着実に減らすことを目標にすることが必要だと思いませんか。
犬猫の不妊去勢を含めた適切な終生飼養、犬登録などの強化や所有者の明示の義務などの飼育者となる人間の意識の向上に努める教育と指導、地道な啓発の取り組みにこそ努めていかれることを私は心より望んでいます。
広島県の皆様、広島県の愛犬家の皆様、他県からこんな意見を述べてごめんなさい。私だって殺処分なんて望むことではないんです。
一番悪いのは「捨てた飼い主。不妊手術もせず何回も産ませ不幸な命を増やした人間」。いつもいつも犠牲になるのは口のきけない動物達。
犬や猫が犠牲になることは大反対です。だけど、収容されてる頭数、引き取り頭数を思えば、このままで良いわけないんです。
なによりも飼い主となる一人一人の問題意識を持つことから、殺処分はゼロにできるんだと考えているんです。
殺処分ゼロ達成の背景にこそ意味があることだと思うんです。
実際に広島県以外の他県での達成の背景や名古屋市でも地道な啓発活動から地域・市民への周知、飼い主さんの意識がかわり、行政による適正飼育や飼い主さんの教育や指導の取り組み、適切な譲渡への取り組みから、引き取り数が減って譲渡が増えて殺処分ゼロが達成されています。
狂犬病の接種ができてなかった時も、ピースワンコは想定を超えるスピードで保護頭数が増えたことで、法律違反となったとされています。
想定などできないことであるのは想定済みのことなはずなのですが、これは代表も管理体制が十分ではなかったことを認めている。
ここに答えがある。
数字の上での殺処分ゼロは、見えても見えなくても必ずどこかに皺寄せがいくだけなのです。
応援されている方々に望みすぎかもしれないけれど、これほどに巨大化された組織は、寄付をするだけじゃなく、寄付金の使われ方、活動に対しても支援した1人としての責任を持ち、どんどん関与し導いていってほしいと思うのです。
ここまでは寄付金がいくらあっても何もかもがキャパオーバーな今、複数で押し込まれた施設内の犬たちが不憫でなりません。これらの管理体制が見込まれなければ、また想定外のことが起きれば同様のことが起きかねない。
お金がないと私たちですらペットを健康に適切に飼うことができないし、ボランティア活動となれば、その必要な資金は何倍にもなり、救えない命もありますよね。それが数十億円を集められるピースワンコは凄いんです。しかし、こんなことが起きれば思うのは、運営の仕方・資金の利用の仕方、活動そのものに疑念を抱くものです。
せっかくいただける多額な寄付金です。ここにこそピースワンコの強みがあるのですから、モデルとなるほど他に真似できないほど素晴らしい犬たちの育成と譲渡に生かしてほしいと願っているのです。
地域、団体、ボランティアの皆さんそれぞれにあった範囲での活動や特徴が違うのは当然だと理解しています。
例えば、以前に愛知県のセンターのことを書いた事に似てますが、各所によって活動の違いはあります、だからこその協力、地域一丸で連携し取り組んでいくことで多くをカバーし強化し合えることにもなっていると思います。
広島県を代表するほどの知名度を得たピースワンコであるのなら、その大きな支援をもらえる強みと寄付を地域の他団体やボランティアの皆さんと分け合って、ピースワンコに足りない部分を協力しあえる努力をされたら、広島県全体にとって良いと思うんだけど。
今回の場合をみても、お金がいくらあっても犬たちが必要としてる体制が組めず、肝心の活動に不備が出てしまっては、元も子もない。
広島県は無理が生じているピースワンコへの問題を知りながら、数字では達成できている現状に満足して、悪びれもなく他人の畑くらいに思っているのでしょうか。許せません!
懸念して相談にのったり提案したり、他の団体に協力を求めたりする立場ではないのか。
ピースワンコに大して、おんぶに抱っこのような犬の引き渡しは中止すべきだと個人的には強く願い、シフトを切り替えて取り組んで欲しいと考えています。
そして支援者の皆さんは、支援をやめる続けるの選択ではなく、今すぐにでも改善を望み声を届け求めていくべきではないのでしょうか。
- 犬たちの飼育環境の改善
- 一部でなく全ての施設を見せる
- 不妊去勢手術措置
- 明確な収支報告
- センター、地域の活動団体との協力と連携により必要な力を得ること
不幸な立場にある犬たちを思う皆さんの心からの信頼と寄付金、ふるさと納税、これらが犬たちの育成、適正譲渡のために使われること、皆さんの善意が適切に使われることを願っています。
Lovely days CHIKA'S MIND TRIP
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