コメントありがとうございました。


コメントありがとうございました。

個人的には、アトムくんの一件で感じたことは、日本盲導犬協会が犬を守ること、自分たちにない犬の力を借りることを改めて考え、大切な盲導犬、盲導犬を育成、盲導犬、犬たちの健康を守るために危険から守るための役割の大きさ、何ができるのか考えてほしいと願いました。

それでなけば、犬たちの優れた才能を発揮し、人の為に尽くすだけの盲動犬の生涯、存在は『可哀想』なのかもしれないと私は思ったからです。これは、あくまで思う事です。

なので、皆様のおっしゃること、思いやりなどの氣持ち、お考えなど、私も凄く共感を感じました。

しかし、だからこそ、少しでも関心と理解を持ち寄り、盲導犬育成のための寄付、盲導犬の引退後のこと、盲導犬の老後の事も知り、少しでも里親制度などのことを広めたりできること、できる限りを調べながらさせてもらってもいますが、こうした事も日頃から必要なんじゃないかなぁと思うんです。


なぜなら、殺処分ゼロも動物愛護法の改正にも思うことですが、直ぐに直ぐ物事の転換は選択ができないことです。

だからと言って批判ばかりしてても仕方ない、ならば少しでも少しづつでも問題の改善のために啓発する事、関心と理解を広めることが、望むべき転換のタイミング、盲動犬の代わりになる介助機能が参入できる時まで、この時間にも大事なことが必要なことがあると感じて思っているからです。

ただ様々な障害、ハンディを抱えることは、私たちには計り知れないこと、生きる上で、私たちのように社会に参加し生活する上では一人ではなくサポート、大切なパートナーが必要です。

盲導犬の主なお仕事は、視覚障害者の方が外を歩くときにスムーズなに歩けるようサポートすることですよねっ。
視覚障害者の方が外出する際は誰かにサポートしてもらうか白い杖を使うことになりますよね。でも、これにはメリットとデメリットも。

表現が適切か分からないけど、白杖は手軽ですし、その不自由さを周囲に知らせる事もできる大事な役割もありますし、多くの方が使われていますが、指導を受けても上手く使いこなせない人たちもいるのだとか。白杖だけで歩くのが難しいことは否めません。

この点、盲導犬と一緒なら会話や触れ合いや交流も心にも健康にもよく、いつでも歩けるわけです。こう考えると盲導犬の存在は非常に大きく、生き方が豊かにかわる存在なんですよね。

家族や友人であっても、外出するたびに必ず一緒に出かけるというのは現実的ではないと思いますし、家族が生活を支え働くなかで、家族への負担もまた問題があり、この他にもヘルパー制度などが利用できるようですが、事前予約が必要だそうで、自由度は低く便利とは言えないもののようです。さらに社会への参加、自立支援としても盲導犬の存在が大きく大切となるならば、盲導犬と視覚障害者の方々が互いに互いの生きる支えとなるよう、より良く、より良い地域や社会環境、そして適切な指導を盲導犬協会にはお願いしたいと思いをメールや電話で届けることしかない現状です。

それでも何もしないよりマシだと思ってしております。申し訳ありません。



私が、この場に居合わせたなら…
「かなりドアの真横を犬が端を歩いています。もう少しこちらを歩いた方が安全ですよ。良かったら肩を掴んでください。」

こうして、危険に感じたことを伝え、視覚障害者のかたに声をかけれる自分でいたいし、そのような世の中でもあってほしいと思って書きました。

決して、この方への批判や虐待をあおる投稿ではありません。

見てないので、話していないので、動画による危なっかしい感じをうけたことしか分かりません。それだけを書きました。

この動画にあるように、犬を蹴っています。日頃からの不適切な対応や『虐待行為』でないことを願ってます。
そうでなくても実際にその場で蹴られてますが、これは注意や指摘をうけても仕方ないことだとも思います。

と同時に、不自由な状況、狭く危険なホームでの状況、虐待かどうかの判断をしてしまうこともまた同じように危険なことだと私は感じました。

だって…… ほんとに
分からないですから。



お友達が言ってました。アトムの二の舞にならない事を懸念してました。

「アトム号は、従順な盲導犬ですら耐えられないほどの相当劣悪な環境に数年間おかれていたということだ。人間のために厳しい訓練を乗り越え、頑張ってきたアトム号が逃げ出さなければならなくなった状況を生み出してしまったのは非常に残念なことである。」
(以下の記事より一部を抜粋)


危なっかしい危険を感じた事故も心配ですが、アトムのような盲導犬やあのような事態に発展することだけは悲しいし、本当にそう願っています。

アトムの時は、ブログ、SNSでの拡散により一気に広がり優しい皆様の気持ちが不本意にも炎上したり、不本意な報道のされかたにも問題があったようにも思えました。

もしも…… 過激なやり方としても「救いたい!」そんな気持ちから本当にアトムが盗まれてしまったならば、、批判が広まりすぎてあのような事になってしまったのではないかという事を拡散に携わった私たちは考えるべきところ1つにもあると思いました。



皆様それぞれに感じたことを思うところがあり、考える事があり、意見があり、それに対する対応や対処などの行動があり、良いと思います。

そしてこれは私の考えですが、あの動画の蹴る行為は許されるべき行為ではなく、いけないこと、良くないこと、指摘や注意を受けることだし、協会により厳しい指導を必要とする事だとも感じました。

しかし目の前の動画による『事』だけに着目して騒ぐのでなく、必要となる対処や対応策を見極め、正しく判断するためにはどうするべきだろう?

じゃないかなと考えてブログにしました。




視覚情報を得られない事情、障害を抱え、盲導犬のユーザして疑問視される行為があったとしたら、それを目撃した私たちは、詳細を確認することなく拡散するのではなく、盲導犬協会に連絡するべきではないでしょうか。

これは、盲導犬と視覚障害者である盲導犬ユーザの安全を確保する上でも大事なことだと思ったからです。

たくさんの声から盲導犬協会側が、この事を知り、事の状況を把握し、この方を見つける事ができて、ご指導の改善、事の経緯や事情などをきちんと話をしてくれたらと願っております。

視覚障害者の方と二人三脚の盲導犬、犬とユーザのケア、サポートを協会にはお願いしました。


私が投稿してるのは、前の投稿にも書いたように盲導犬にとっても、視覚障害者の方においても事故に繋がらないか危険ではないかと感じたことを心配し、そんな氣持ちと取り返しつかない危険防止を望むことが一番なんです。


今日は、駅員の皆様も気づかれてないだろうと思い、こちらの駅に動画でみた事を話して、盲導犬を連れた視覚障害者の方へ声をかけや、このような蹴るなどの行為があれば、犬の様子を教えて、必要ならば速やかに盲導犬協会に連絡したり、危険を未然に防ぐための必要な対処をお願いの連絡をいたしました。


週末は平日以上に駅は混雑して私たちでも狭い視界のなか、視覚障害者のかた、盲導犬にとっては、騒がしい声や音に普段よりも何倍もの不安と危険がありそうです。

駅員さんはこうしたときに、小さな子供、お年寄りと同じように、さまざまな障害を抱える皆様にも気遣い寄り添う配慮も必要かと思いましたが、こうしたサポートを専門とする駅員さんが今後は誕生しても良いですよね。

ですが、実際にはいないので………
駅員さんだけでなく、私たち一人一人が、スマホを閉じてまわりを気にかけ、低い視線、狭い視界のなかを必死であるく盲導犬を見かけたら、障害者の方に挨拶から声をかけ、肩や腕などを貸して皆様に道を譲っていただきながら、安全な内側を歩いてもらいませんか。

私達は状況も不安も危険の可能性も見えているのだから。


先週も視覚障害者の方が大阪でなくなってます。

このとき、気にかけられた方が優しい声をかけをしてくれたのにも関わらず事故が起きてしまいました。この方の気持ちを考えると…… 絶する心境だと思います。


私たちのように自身で視覚情報を得られて、考えて、危険を察知し回避して生活をするために盲導犬はとても大切な必要な存在であるとも思うんです。

ただ私たちのように生活するだけでも、それくらい過酷だと思いました。
私なら盲導犬に全てを委ねて街を歩くことさえ恐怖が拭えずできるか、分からないです。分からないことばかりです。そう思うと………
直ぐに直ぐ犬を取り上げるなんて、私は安易に声はあげれないですが、一部のユーザの方による不適切な環境や飼養や接し方に問題があるのも目にした事はなくても、耳にはしていますので、どうにかならないものだろうかと心を傷める問題でもあるのは理解をしています。


カフェで見かける盲導犬と障害者のパートナーがおられます。盲導犬に話しかけてられるんです。

こんにちは!お利口ですね!と声をかけると、犬の様子を聞いてくれます。
どうしてますか?疲れてませんか?とか。他愛のない会話ですが、嬉しい気持ちになった事を忘れません。

お利口な顔してジッと待っています!必要な事はありますか?って声をかけると嬉しそうに笑顔をみせてくれます。そんな時に思うんです。

盲導犬と障害者だけでなく、その真ん中に私たちの存在があることで、彼らを繋ぐことができるんだ!って感じるんです。

盲導犬は犬だから可愛いし好きだけれど、大事な仕事をしてる、尊敬に値する仕事に理解と敬意を示したい、命を預かる緊張感と責任感を持っているとき、そっとしておく事も大切です。

しかし、障害者の方には、挨拶したり、話しかけて手を差し伸べてもよいと思うんです。

いつかロボットなどが盲導犬に代わってくれて、それが障害者のかたにとって言葉で伝わるサポートが生きることに良い助けとなってくれたらと心から願い思います。

しかし、こんな今でも「挨拶」から、関心と理解から私たちにも一歩踏み出してできることもあるんじゃないかなぁと思うんです。

視覚障害者のかたは盲導犬と二人でひとりなんですよね。私たちが良い飼い主であるために犬たちの事を観察し学び理解する努力するように、道具ではなく、動物として心ある動物として、サポートすてくれるパートナーとしての愛情と感謝をもって共に過ごして欲しいと思います。

しかし、観察できることはできない障害者の皆様のため、良いペアとなってもらえるためには、盲導犬と障害者の双方の目と心になることも欠かせないことかもしれません。


長々とすみませんでした。
読んでくれた皆様へ
一緒に考えてくださった皆様へ
コメントくださった皆様へ
ありがとうございました。

Lovely days CHIKA'S MIND TRIP

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